まず「吸着」って何?
除湿剤から考えてみよう
クローゼットやお菓子の箱の中に、小さな乾燥剤や除湿剤が入っているのを見たことがあるよね?あれは、空気中の水分(水蒸気)を吸い取っている。では、なぜあんな小さな粒が、空気中の水をどんどん集められるのだろう?
スポンジが水を「吸収」するとき、水は内部にしみ込む。でも「吸着(きゅうちゃく)」はちがう。材料の表面に分子がペタッとくっつく現象だ。「吸収」が内側に取り込むのに対し、「吸着」は表面に貼り付く——イメージはひっつく付箋に近い。
では、なぜ小さな粒が大量の水蒸気を吸えるのか。その答えは「表面積」にある。
活性炭(よく除湿剤に使われる黒い炭素材料)を電子顕微鏡で拡大すると、表面にナノメートル(1mmの100万分の1!)スケールの無数の穴が開いているのがわかる。その穴の表面積の合計は、わずか1グラムの活性炭でテニスコート1面分(500〜1000㎡)にもなる。穴がたくさんあるほど、水分子がくっつける場所が増えるんだ。
100円ショップで買える「シリカゲル(乾燥剤)」を、密閉できる袋に入れて1日水の上に置いてみよう。翌日、袋から取り出して重さを測ると…吸着の威力が体感できる!(安全のため、食品以外の場所で実験しよう)
200年解けなかった謎
「水はなぜあんなにへんなの?」
吸着の研究には200年以上の歴史がある。窒素や酸素みたいな気体が炭素にくっつく仕組みはある程度わかってきた。でも、水だけは長年「なぜこんな複雑な動きをするの?」と謎のままだった。
水(H₂O)の分子は、お互いに強く引き合う「水素結合」という力を持っている。一人ひとりバラバラに炭素表面に並ぶんじゃなく、数個が集まって「クラスター(塊)」を作り、そのクラスターがどんどん大きくなって細孔を満たしていく。まるで友達と一緒にしか行動しない集団みたいだ。
この「クラスターがどんな順番で、どこに集まるか」を正確に数式で表現すること——これが堀河先生が挑んだ挑戦だ。
「Horikawa–Doモデル」
世界が使う理論を作った!
堀河先生はオーストラリアのクイーンズランド大学の研究者・D. D. Do教授と組んで、この謎に正面から取り組んだ。ポイントは「自分で材料を作ること」だった。
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1穴の大きさが違う炭素材料を精密に作る
「ミクロ細孔(超極小の穴)」と「メソ細孔(少し大きな穴)」を自在にコントロールした試料を合成。変数を一つずつ変えた実験ができるようにした。
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2超高精度で水蒸気吸着を測定する
真空状態の容器の中で、どの圧力のときに水分子がどれだけ吸着されるかを温度を変えながら測定。膨大なデータを積み上げた。
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3データから新しい数式(モデル)を作る
「どんな細孔でも水吸着の挙動を説明できる」新しい理論式を完成させ、2011年に世界トップの炭素科学誌『Carbon』に発表した。
まず、50年代以降に改良された高真空・高精度の分析装置を使って、より精度の高い吸着剤のデータを得ることができました。それによって、これまで知り得なかった挙動について新しい知識を得ることができた。
— 堀河 俊英 先生このモデル(「Horikawa–Doモデル」または「HDモデル」)は現在、世界中の研究者が自分の実験データを分析するときに使っている。「先生の名前がついた数式が世界中で使われている」——これはとてつもない成果だ!
(世界の研究者に使われた数)
(研究者としての実力指標)
(20年以上の研究成果)
炭素に「窒素」を混ぜたら
吸着力が3倍になった!
炭素の表面は基本的に「水を弾く」性質(疎水性)を持っている。そこで水をうまく吸着させるには、表面に「水が引っかかれる場所」を作ることが大切だ。
堀河先生は「炭素の中に窒素原子をまぜたらどうなるか」という実験を行った。アンモニアガス(窒素を含むガス)を流しながら炭素材料を高温で焼くと、炭素のグラフェン層の端に窒素原子が組み込まれる。
窒素原子が「水分子の最初の足がかり」になり、そこからクラスターが育ちやすくなる。まるで「最初の一人が立ったら、みんなが集まってきた」みたいな現象だ。この発見は2012年に世界トップ誌『Carbon』に掲載され、279回も引用されている(Google schoolar, May, 2026 参照)。
ドープ(混ぜ込んだ)窒素原子のうち約10〜15%が実際に水吸着の「引っかかり場所」として機能する。残りは別の形で炭素の中にいる。XPS(X線光電子分光法)という分析手法で、どんな形態の窒素かまで特定できた。
この研究が未来を変える
4つの使い道
夜、空気中の水蒸気を炭素が吸着。昼に太陽熱で温めると水が出てくる。電気も水道もない乾燥地帯でも清潔な水が手に入る。
水蒸気を吸ったり放したりするだけで冷たくしたり温めたりできる装置。電力消費をグッと減らせる次世代エアコンの心臓部。
大気中や工場の排ガスからCO₂を吸着して取り除く技術。地球温暖化の原因を直接減らせる。2026年から新プロジェクト開始。
福島の原発事故後、磁石で回収できる特殊な吸着材を開発。汚染水から放射性セシウムを引き抜く技術で、環境回復に貢献。
「安全な水とトイレを世界中に(No. 6)」「エネルギーをみんなにそしてクリーンに(No. 7)」「気候変動に具体的な対策を(No. 13)」——堀河先生の研究は、これら複数の世界目標に同時に貢献できる力を持っている。
なぜ研究者に?
堀河先生の歩み
きっかけは何でもいいと思います。興味を持ったらその信念を貫く勇気と行動力、プラス少しの運があればなんとかなる気がします。
— 堀河 俊英 先生専門は吸着科学・化学工学。「炭素表面への水蒸気吸着機構の解明」という一つのテーマを20年以上掘り下げ、世界標準の理論を構築した。趣味は釣り。「釣れなくてもなぜ釣れなかったかを考えるのが楽しい」という思考法は、研究へのアプローチそのもの。研究室のウェブサイト:www.chem.tokushima-u.ac.jp/C2/