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光物性とは?研究内容の概要
岡村グループでは、興味深い物性を示す様々な物質の電子状態を、主に赤外線を用いた分光実験で調べています。このような研究手法は光物性とよばれます。そのため大学の研究室で私たちが開発してきた赤外分光装置を用いた研究と並んで、大型放射光施設SPring-8から生じるシンクロトロン放射光を高輝度な赤外光源として用いる研究を推進しており、特に高圧力での赤外分光による電子状態の研究に力を入れています。
詳しい研究内容はメニューの「研究トピックス」をご覧ください。以下ではその内容を理解するためのイントロダクションとして、以下の4つの基礎的項目
 ・物質の電子状態とは? 光物性とは?  ・なぜ赤外線か?
 ・なぜシンクロトロン放射光か?  ・なぜ高圧力か?
について、4年生や修士学生のために初歩的な説明をします。
物質の電子状態とは? 光物性とは?
私たちが行う実験の原理は、下図に示すように非常にシンプルです。すなわち幅広い波長分布を持つ光(白色光)を物質に照射し、その強度の反射率を振動数(あるいは光子エネルギー)の関数として表した「反射率スペクトル」R(ω)を測定します。このR(ω)から、あるいはR(ω)の解析で得られる誘電率ε(ω)や光学(交流)伝導度σ(ω)から、その物質内部での電子状態、つまり自由に動ける電子(自由電子あるいは伝導電子)がどれぐらい含まれるか、あるいはどのようなエネルギーを持つ電子がどれだけいるか、などの情報を求めます。
わかりやすい例として、代表的な金属である金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)を考えましょう。いずれもよく電気が流れる金属ですが、Au, Ag, Cuは周期表で同じ列にあるので性質が似ていることは納得できます。しかしその色は異なります。金は黄色っぽく、銀は白っぽく、銅は(磨いて汚れを落とすと)かなり赤みがあります。そこで金、銀、銅のR(ω)はどうなるでしょうか。下図を見て下さい。
グラフで左側の灰色の領域(赤外領域、目には見えない)では、金銀銅の反射率はほぼ100%でほとんど同じです。この金属特有の高い反射率(金属光沢)は、多数の自由電子が入射光(電磁波)の振動電場に合わせて集団振動するためにおきます。一方可視領域では金銀銅のR(ω)は異なるエネルギーで急速に減少し、これが色の違いを生じます。異なる光子エネルギーでR(w)の減少が起きる事は、金銀銅の順に5d, 4d, 3d電子が形成する準位(バンド)に起因します。つまり金銀銅の色の違いは5d, 4d, 3d電子のエネルギーの違いに起因しています。このように、光スペクトルを測ることによって、物質内の電子に関するミクロな情報が求まり、それは見た目の色のような身近な(マクロな)性質と密接に関係しています。

このように、電気伝導のような性質と光学的な性質は決して無関係ではなく、電子状態を通じて互いに関係しており、物性の起源を理解することはその電子状態理解することだと言えます。電子状態は一般にバンド図、つまり電子のエネルギーEを電子の波数ベクトルk (kは電子のド・ブロイ波長をλとして2π/λと表され、電子の運動量に比例する)で表したものや、エネルギーEを持つ電子の状態密度D(E)などを使って表されます。
上図に例として、単純な絶縁体(半導体)と金属の場合について、バンド図E(k)と状態密度D(E)の概要を示します。絶縁体では電子の満ちた価電子帯と空の伝導帯が、エネルギーギャップ(禁制帯)Egで隔てられています。(バンドギャップは例えば発光ダイオードが光を発する際に重要な役割を果たします)一方金属では伝導帯を部分的に占有した伝導電子が電気伝導を起こします。現実の半導体・絶縁体や金属のバンド構造はずっと複雑ですが、基本的には上図のような考え方が適用できます。そして発光ダイオードや半導体レーザー、ICなどの設計に活かされています。

では上のようなバンド構造を持つ絶縁体、半導体、金属の光スペクトルはどうなるのでしょうか。 下図を見てください。

上図:エネルギーギャップΔを持つ絶縁体・半導体(左)および金属(右)のバンド構造、反射スペクトルR(ω)、光学伝導度スペクトルσ(ω)の模式図。εFはフェルミ準位を表す。(光学伝導度は光の振動数における交流伝導度のことで、実験で測定したR(ω)をクラマース・クローニッヒ解析という方法で解析する事によって得られます。σ(ω)は強相関電子物質の電子状態を考察する際に、よく用いられます) 実際の物質のスペクトルはもっと複雑ですが、それでも以上の単純なケースを元に考察することにより、その電子状態に関して多くの情報が求まります。なおプラズマ反射、ドルーデピーク、バンド間遷移などの意味、そして強相関物質で実際にどのような光スペクトルが観測されるかについては、研究トピックス(1)および(4)を見てください。


しかし物質の中には単純に金属、絶縁体などと分類できないものが多くあります。単純な半導体や金属では無視できる電子間の相互作用(電子相関)が強い(電子の混成やバンド幅など、他のパラメーターと同程度である)物質が知られており「強相関電子物質」、あるいは「強相関電子系」とよばれています。代表的な例は遷移金属元素(V, Mn, Fe, Cu, Ruなど)を含む物質や希土類元素(Ce, Nd, Ybなど)を含む物質であり、それぞれd電子とf電子の電子相関が重要なため「d電子系」「f電子系」とも呼ばれます。
強相関電子物質ではさまざまな特異物性が観測されます。例えば温度や圧力などを変えることで同じ物質が金属から絶縁体へ(あるいはその逆)変わる「金属絶縁体転移」を示したり、また金属状態を保ったまま、電子の有効質量が100から1000倍も大きくなる「重い電子物質」とよばれる物質も知られています。また有名なCu酸化物高温超伝導体も有名な例です。強相関電子物質が示す異常物性の研究は現代の物性物理学でも特に研究が盛んな分野です。様々な実験手法が使われていますが、私たちは特に赤外分光の手法で研究を行っています。例えば重い電子物質の電子状態について研究トピックス(1)を見てください。
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なぜ赤外線か?

赤外線(Infrared ray)とは波長が1-100 μm程度の光(電磁波)のことです。フォトン(光子)エネルギーにして10 meVから1 eV程度に相当するこの領域で物質の光スペクトル(反射スペクトルなど)を測定すると、プラズマ振動や各種のエネルギーギャップなど、フェルミ準位(物質中で電子が占める最も高いエネルギー準位)近傍の電子のダイナミクスや励起状態に関する情報がエネルギーの関数として得られます。このような情報は電気抵抗や磁化、比熱など基礎物性(マクロ物性)だけでは求まらないため、物性の起源を考察する上で非常に強力な研究手法となります。また赤外線の振動数領域には多種多様な有機分子の指紋とも言える固有振動数や、固体における格子振動(フォノン)が含まれており、電子状態に加えてこれらの振動状態の情報も多く求まります。以上をまとめたのが下の図です。


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なぜシンクロトロン放射光か?

シンクロトロン放射光(SR)とは、上の左図のように光速近くまで加速された電子線の軌道を磁場で曲げた際に生じる光であり、X線から赤外線まで広い波長範囲にわたる白色光です。SRの最大の利点はその高輝度性、つまり光源の実質的サイズが小さく指向性も高いため、試料上の微小な領域に大きな光強度を集中できる点にあります。日本は世界的に見てもSR大国であり、私たちが研究を行う大型放射光施設SPring-8(上の右図の写真、播磨科学公園都市)以外にも、極端紫外光実験施設UVSOR(愛知県岡崎市・分子科学研究所)、Photon Factory(つくばKEK)、さらに立命館大学、広島大学、佐賀大学にも放射光施設が稼働しています。

さてSRの花形はX線の領域ですが、ずっと波長が長い赤外線の領域においても、SRの高輝度性は従来の赤外光源に比べて大きな魅力となります。すなわち従来の赤外光源である熱光源(高温に熱したセラミクスからの黒体輻射)に比べて、高輝度な赤外SRではずっと高い光強度を試料上の微小領域へ集中させることができます。

上図はSPring-8において、試料位置における赤外放射光と熱光源の光強度の2次元分布を測定したものです(左右の図で縦軸スケールが違うことに注意)。SPring-8の赤外放射光は熱光源に比べて単位面積当たり100倍以上強い(高輝度である)ことがわかります。

このような赤外放射光の高輝度性を活かした実験を行うための専用実験設備(ビームライン、BL)は1986年難波らによりUVSORで初めて立ち上げられ、その後米国ブルックヘブン国立研究所の放射光施設NSLSを始め、欧米各国のSR施設で相次いで建設されました。その後1999年にSPring-8の赤外ビームラインBL43IRが建設されましたが、その建設には私たち神戸大学グループ(当時は難波研究室)も設計段階から多くの貢献をしました。現在私たちは「高圧における赤外分光」「近接場光学技術を応用した超解像顕微FT-IR開発」という2つのプロジェクトをBL43IRで推進しています。更に詳しくは研究トピックス(3)を参照してください。

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なぜ高圧力か?

圧力や磁場、電場などの外場によって物質の特性を制御する方法は、昔から用いられてきました。特に圧力の印加は結晶格子を縮めることにより、原子間隔やイオン半径に敏感に依存する物質パラメーター、例えば電子の混成やバンド幅などを効率よく制御することができます。特に強相関物質では電子相関(電子の相互作用)がバンド幅や電子混成エネルギーと比べて無視できないため、圧力の印加がこれらパラメーター間の微妙なバランスを崩して劇的な物性変化を誘起する場合があります。例えば圧力を加えることによって金属・絶縁体転移や重い電子状態が誘発されたり、あるいは常温では超伝導体にならない物質が高圧下で超伝導になる例もあります。例えば最近発見されたSrFe2As2という物質では4万気圧の圧力下で、34 Kというかなり高い温度で超伝導になることが見いだされて興味を集めています。

このように高圧力で誘起される異常物性は大変興味深く、その起源となる電子状態に当然興味がもたれます。しかし高圧実験では試料を圧力発生装置に封入する必要があるため、電子状態を研究するスペクトロスコピー手法として上で述べた光電子分光やトンネル分光は高圧実験が技術的に不可能です。しかしダイヤモンド・アンビル・セル(DAC)という圧力発生装置を用いれば、高圧での赤外分光は可能です。DACで試料に加圧するために使われるダイヤモンドは赤外線に対してほぼ透明だからです。図にDACによる赤外分光の原理を示します。


DACによる赤外分光の原理図

しかしながらDACによる高圧赤外分光は決して容易ではありません。数万気圧以上の圧力を発生するにはダイヤ先端の直径は1 mm未満となり、使える試料の大きさはたかだか0.1~0.2 mmです。しかも上の図のように、ダイヤの奥に挟まったこのような微小試料と反射標準の金ミラーを区別して正確に赤外線を照射しなければなりません。上で述べたように従来の赤外光源の輝度は低いためこのような実験は難しく、これはまさに赤外放射光の高輝度性が威力を発揮する実験と言えます。私たちはSPring-8の赤外ビームラインBL43IRにおいて高輝度赤外放射光とDACを用いることにより、様々な強相関物質の高圧赤外分光を行っています。現在のところ最高圧力40 GPa(40万気圧)の高圧力で、中赤外、遠赤外の測定が可能で、かつ低温測定もできます。この実験技術は現在世界でも最先端にあります。下図はこの装置を用いて測定したデータの例です。


この図はYbSの赤外反射スペクトルの圧力依存性のグラフです。YbSは常圧では絶縁体ですが、高圧下で反射率が急激に増加しています。これは上で既に述べた自由電子によるドルーデ応答(プラズマ反射)であり、高圧下でYbSは金属へ転移することが明快に示されています。

さらに詳しい説明、他の物質での高圧赤外実験の結果については、研究トピックス(4)を参照してください。

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